高田教育研究会編『教育創造 137号』(2001.3.)所収
これからの幼小・小中連携について考える
―その基本的な考え方と連携の具体的な在り方―
上越教育大学 木 村 吉 彦
はじめに
1.子どもの学びを連続的に捉える
−幼小連携や小中連携の基本的な考え方−
「連携」とは、「同じ目的を持つ者が互いに連絡をとり、協力し合って物事を行うこと」である。教育の目的が「子どもの育ち」や「学び」を促進し、子ども達の成長を支援することであるとしたら、幼児教育に関わる者、小学校教育に関わる者、中学校教育に関わる者が「連携」を取り合うことは理の当然である。もちろん、子どもをめぐる連携は、この3種類の校種のみに限定されるはずはなく、「高等学校や大学との連携」、「家庭との連携」、「地域との連携」も理論的には問われるべき問題である。
しかし、小論にあたえられた課題は、さしあたって「幼・小・中の連携」についてである。「生涯学習」の発想も視野に入れつつ、ここでは、この3種類の教育に限定して論じていきたい。私たちは、子どもというものを「連続的に」学び、育ち、成長する者であるとして捉えることが重要である。「自分の目の前にいる子どもの今の姿」のみにとらわれて、「これまで」と「これから」を忘れがちになる教育活動の日常を、私たちは自覚的に見直さなければならない。
2.学びのIn・About・For
「In・About・For」は、もともと、「環境教育」の分野で用いられている言葉だそうである。いくつかの小学校での研修において、私は、この言葉を生活科と総合的な学習における「子どもの学びの連続性」を語る言葉として提案した。すなわち、低学年・中学年・高学年「それぞれの時期において相対的に最も大切にしなければならない課題」を示したつもりである1)。この提案は、生活科と総合的な学習における「単元構成の視点」あるいは「評価の観点」という意味合いを込めて、次のページの図1のように示すことができる。考える前提として私は、「生活科のキーワード=没頭、総合的な学習のキーワード=追究」と捉えている。
一方、この図で言わんとすることは、幼児教育から中学校まで広げて考えることも十分可能である。すなわち、幼児期においては活動や遊びに「没頭」することがもっと重視されればよいし、例えば中学校の「総合」では、「学ぶ意味=何のために自分はこれを学んでいるのか」がより強く意識されるような学習が展開されればよいわけである。
T.幼児教育と小学校の連携
1.幼保-小連携の実態
−幼・保・小教員の意識のズレ−
平成12(2000)年夏、上越市内の幼稚園・保育所および小学校の全教員(678名)に対してアンケート調査が行われた2)。幼小連携に関する意識と実態を知るためである。調査項目は、9つの分野に関する計56項目である。その内容は、@幼児教育の内容に関するもの、A幼保−小連携についての意識に関するもの、B連携の実態に関するもの、に分類できる。
非常に興味深い結果が現れている。幼・保・小教員が期待する「子ども像」がそれぞれ微妙に異なっているのである。例えば、幼稚園教員が最も大切にしたいと考えていたものは「子どもの主体性」であった。具体的には「遊びや活動でリーダーシップがとれる」といった内容である。保育所教員の場合、「主体性」を前提としながらも「礼儀正しさ」といった「しつけ」面をより強く意識していた。ところが、小学校教員は、新入児童に対して「主体性」や「上手な自己主張」「積極性」などは求めず、「従順さ」と「行き届いたしつけ」を期待していた。とにかく、「人の話をちゃんと聞いて欲しい」というわけである。このように、幼・保・小の教員間で「求める子ども像」が最初から違っていることが浮き彫りにされた。これが、教員間の「意識のズレ」である。この結果から、幼児教育教員が卒園幼児に対して「肯定的」な評価を下しているのに対して、小学校教員は新入児童に対して「消極的(あえて否定的とは言うまい)」な評価にとどまっていることが分かる。小学校教師は、「教育は小学校1年生から始まる」と勘違いしているようである。新入児童を「単に幼稚な子ども」にしてしまっているのではないか。そこでは、子どもの「生育歴」や「学びの履歴」という発想が抜け落ちている。
また、個々の教員の意識に最も強い影響を与えているものは「所属機関の教育・保育方針」である、という結果も出た。園・施設・学校をあずかる管理職の「幼保−小連携」に関する見識が問われている。
2.幼保‐小連携の必要性
15年前に上越教育大学幼児教育講座が「幼小連携」に関する調査を行っている。そのとき、連携の必要を認めていない小学校教員は約29%に上っていた。それに対して今回の結果は、あまり必要を認めないを含めても7%強であった。一方、必要を認める小学校教員が15年前は63%であったのに対し、今回は83%であった。しかしながら、実態として十分な連携が行われているか、という問いに対しては20%弱の者しか「そう思う」と答えていない。「必要」についてはようやく認知されたものの、実態はその意識に追いついていないことが分かる。さらに言えば、本当に小学校教員は「連携の必要」を理解しているのであろうか。「あれば望ましい」という程度、あるいは「これまでも、なしでやって来れたではないか」という意識のままなのではないか。
私は、次の3点において幼保‐小の連携は必要である、と考えている。
@「発達の連続性に基づく子ども理解」からの必要:先程述べた「生育歴」や「学びの履歴」を含んだ子ども理解の必要がある。例えば、小学校では、子どもたちは言葉による自己表現の機会が増えるわけだが、それは国語の学習が始まったからできるのではない。幼稚園・保育所での「先行経験」があってのことである。子どもの先行経験を知ることで、教師の子ども理解はグレードアップする。
A「子どもの学び方(学習様式)の発達への理解」の必要:幼児は、身近で具体的なものについて体全体を使って学び、課題はほとんど自分の興味・関心から出てきたものである。幼児期の学び方を基礎にしながら、少しずつ抽象的な思考力や課題を受けとめる力が芽生えてくるのが低学年である。抽象的な思考力が発達し、子どもの外にある社会的な課題への知的好奇心がわいてくるのが小学校中学年である。さらには、高学年になれば、論理的な思考力や社会的な課題に対する解決力が付いてくる。このような子どもの学び方の発達をわきまえた上で、教師は学習を組んでいく必要がある。
B「学校生活への適応」からの必要:遊び中心の幼児教育から教科学習中心の小学校教育への移行は、子どもにとっては期待と不安の入り交じった微妙なものであろう。小学校教員は、子どもの「不安」部分を軽減する意味で、先行経験としての幼児の園生活の実態を知る必要がある。さらには、幼児教育の教員と子どもとの関わり方を理解することで、入学当初の指導を考えることが肝要である。そうすることで、新入児童の学校へのスムーズな適応が実現できるのである。
3.今すぐ行いたいこと−いくつかの提案
今回のアンケート結果をふまえ、今すぐにでもすべての幼稚園・保育所・小学校で「連携」のためにやってほしいことを提案する。
@校務(職務)分掌へ「連携担当」をはっきりと位置づける(特に幼児教育の側で)。A小学校においては全校研修の中へ「保育参観」を取り入れる。B特に低学年では、保育参観と授業参観を年複数回開催する(年度末たった1回の情報交換会にとどめないでほしい)。C生活科を「幼小連携を強く意識した教科」として捉え直す。D生活科の「人とのかかわり」に関する単元の中に幼稚園・保育所との「交流」を取り入れる。ここで断っておくが、私は、入学前後の連携さえ取れればいいと思ってはいない。幼児教育の教師と小学校の教師がそれぞれの教育の独自性を理解し合い、認め合うことが真の意味の幼小連携である。
複数回の相互参観や生活科での「交流教育」は既に実施しているところも見られる。そこでは、子ども同士のみならず、教師同士の相互交流・相互理解がスタートしている。
4.幼児教育から小学校低学年を見通した教育課程
ここで、幼児教育最後の3年間と小学校教育最初の2年間、計5年間の見通しをもったカリキュラムの枠組みを提案したい。このとき大切なことは、小学校の教科教育中心の論理を低年齢化させるのではなく、幼児教育の「総合的な学び」を小学校教育にまで発展させる、という発想である。先に述べたように、卒園・入学前後の滑らかな移行のみが「幼小連携」のすべてではない。しかしながら、実際にカリキュラムを作るとなると、子どもの発達の実態などから、とりあえずこの5年間の見通しをつけることから始めるのが現実的なように思う。
『幼稚園教育要領』の「領域」をベースにした次のようなカリキュラムを構想したい。その際、長野県伊那市立伊那小学校の低学年カリキュラム3)や上越教育大学附属小学校の「総合単元活動」中心の年間計画4)などが大いに参考になるだろう。
<表1 カリキュラム枠組み案>
V.小学校と中学校の連携
−事例から学ぶ−
小中連携については、私も特別深い造詣を持ち合わせているわけではない。しかしながら、小中連携で研究開発を進めている学校と小中併設校の資料を入手することができた。十分な考察を加えるまでにはいたらないが、それらの事例を紹介することで小論での私の責任を果たしたい。
1.福岡教育大学附属小倉小・中学校の場合
福岡教育大学附属小倉小・中学校は、平成11年度から13年度まで文部省研究開発校の指定を受け、小学校・中学校9カ年を見すえた、一貫性のある教育課程の開発に取り組んでいる。平成11年度の研究報告5)によれば、「従来の教育課程は思考の発達、自我の発達などに基づき、小学校低学年、中学年、高学年、中学校という区分で主に編成していた」。しかし、現在の子どもを取り巻く生活環境の著しい変化により、「子どもの知的な面、心理的な面での発達の早熟化が進んでいる反面、社会性の未発達という傾向」が見られ、従来の枠では対応しきれなくなっている。特に中学校段階は青年期前期と考えられていたが、小学校の高学年段階からその特徴が見られるようになっている。そこで、「中学校段階を小6からとし、小学校中学年・高学年の区分を見直し、社会性の未発達に対応できるように」した。そして、中1と中2・3を新たに区分し、青年前期をきめ細かく対応できるようにした。次ページの<表2 学びの変容とめざす姿>は、教育課程での学習内容の検討、内容の構成・配列の基準として、小・中9カ年の学びの発達段階とそれに応じた、各期のめざす姿(目標)である。
2.小中併設校の場合
ここに、山形県山辺町立鳥海小学校の資料がある6)。この学校は、小中併設の小規模校である。上の<表3 小中連携による学習・生徒指導の充実>には、小中連携において行われなければならない事柄を考える上でのヒントがたくさん書かれてある。
おわりに
幼小連携および小中連携について、縷々述べてきた。小論を読んでいただけば分かるように、幼小の動きはかなり具体的になってたが、小中連携は全国的にもまだ緒についたばかりと言ってよい。いずれにしても、子どもの学びを連続的に捉え、育ちをより滑らかにするための努力はまだまだ不足していると言わざるを得ない。
注
1)詳細は、新潟大学教育人間科学部附属新潟小学校研究機関誌『授業の研究(F・NET)第148号』(2001.2.)p.34.参照。
2)斉藤賢一『幼保−小連携に関する研究』(平成12年度上越教育大学修士論文)
に詳細な結果とその分析が記されている。
3)伊那市立伊那小学校『研究紀要 内からそだつ』(2001.2.)p.23,p.36.
4)上越教育大学学校教育学部附属小学校『2000年間カリキュラム表』(2000.12.)
5)福岡教育大学附属小倉小学校『豊かな学びをひらく教育課程の創造―「学び方」を中核にすえて―』(2000.2.18.)pp.10-23.
6)山形県山辺町立鳥海小学校 池野 仁『小規模校の特色を生かした教育課程の編成と実践』 (平成8年10月)