『初等教育資料 平成12年8月号』所収
[特集]基礎・基本を確実に身に付ける学習指導の工夫
生活科の基礎・基本を確実に身に付ける学習指導の具体的な展開
上越教育大学助教授 木村 吉彦
はじめに
とりわけ生活科の場合、「個に応じた指導の充実」がきわめて重要な課題である。「基礎・基本を確実に身に付ける学習指導」という場合も、子供一人一人の具体的な学びや育ちの姿を明らかにしながら、その指導の工夫について検証することが肝要である。
このような考え方のもとに、本稿は、はじめに一つの実践事例をとりあげ、「具体的な子供の姿」を示すことから始めたい。次に、その「姿」から子供は何を学び、どのように育ったのかを明らかにし、その「学びや育ち」は「生活科の基礎・基本」とどうかかわるのかについて考える。さらには、その基礎・基本を身に付けることを可能にした「学習指導上の工夫」について、他の実践事例も含めてその展開を具体的に紹介したい。
1 具体的な事例に見る「子供の学びや育ち」
ここでは、生活科における基礎・基本を確実に身に付けたと思われる実践例を一つ紹介したい。
○実践事例:ポニーさんといっしょ―冬の飼育をめぐっての「ポニー会議」を中心に―
(新潟県中頸城郡頸城村立大瀁小学校一年<平成十年度>塚田賢教諭)
(1)活動の概要
子供たちは、五月にポニーと出会い、日常の当番活動を中心に飼育活動を行ってきた。ポニーに交替で乗ったり餌を自分の手から食べてくれたりしたことなど、ポニーとかかわるすべてのことが新鮮であり、楽しみにもなっていった。また、ポニーについての話し合いを「ポニー会議」と子供たち自ら名付け、ポニーへの思いや願いを発表する場としていた。子供たちは、牧場づくりや馬車に乗る活動などの課題を、力を合わせて解決する体験を積み重ねていった。子供たちは、ポニーに触れ、ポニーと遊び、ポニーを育て、ポニーへの思いや願いを表現する、といったポニーとかかわる具体的な活動や体験を十分に行ったのである。
飼育活動を始めて約六ヶ月が過ぎ、ポニーの生態もわかり、当番活動も子供たちの手で進められるようになった。自信と満足感を深めている反面、これから迎える厳しい冬の飼育をどうするのかについての不安も高まっていた。遠くの山々に初雪が降り、学校や家庭でも雪囲いが始まり、「雪が降ったらみどりはどうするの」という具体的な不安が生まれてきた。
ポニーの飼育活動の最終段階として、冬期間の飼育をどうするかについての「ポニー会議」が行われた。この会議は、ビデオを観てこれまでの飼育活動を振り返り、子供たち一人一人がポニーに対する「自分の考え」をもつことによって、今後の活動の方向を探ることをねらいとしている。一人一人が自分は冬のポニーをどうしたいのかを確かな思いにするために、冬期間の飼育方法を調べたり飼育活動を支えてくれた人たちの考えを聞いたりした。また、飼育活動を振り返る過程で、ポニーが自分たちの生活をより豊かなものにしてくれたことや多くの人によって活動が支えられていたことに気付く機会にすることもねらった。
(2)子供たちの学びや育ちの姿
@半年間の飼育活動を通して
飼育活動の中で、子供たちは、ブラッシングや飼育小屋の掃除(これには大変な量のウンチ取りの作業もある)、さらには牧場での遊び、近くの公園への散歩など、ポニーと繰り返しかかわることによって愛着の度合いを深めていった。その愛着の故に、つらい当番活動もいとわずに続けることができた。そこで子供たちは、具体的な飼育技能の習得のみならず、当番をきちんと果たそうとする責任感も学んだ。
そして、子供たちにとって何よりも大きな育ちは、「冬の間どうしてあげることがポニーにとって一番幸せなのか」という「ポニーの立場」に身を置いて考えることができるようになったことである。ポニーが牧場から逃げ出したり、乗っていた子供を暴れてふり落としたりしたときにも、子供たちは「みどりはどうしてあんなことをしたのだろう」とポニーの気持ちになってその原因を探ろうとしたのであった。
A冬の飼育の「ポニー会議」を通して
冬の飼育をめぐる「ポニー会議」のなかで、子供たちは何を学び、育ったのだろう。
まず、振り返り活動を通して子供たちはこれまでの飼育体験やポニーとのかかわりを思い出し、それぞれの今の「自分の思い」を口に出していた。自分はどう思っているのかを人前で表現できるようになったのである。また、話し合いという意見交換の場において子供たちは共通の活動をしてきたにもかかわらず、違う「思い」や「考え」を持つクラスメイト(=他者)があることに気付いた。さらには、地域の方から質問に答えていただくという調べ活動を会議に組み込むことによって、ポニーはもともと厳寒の地で生まれているため冬には強いこと、冬場の飼育小屋の掃除の仕方・餌の確保の仕方等々、ポニーの生態や冬期間の動物飼育のノウハウを学び、使えるようになった。このように、子供たちは、この「ポニー会議」の活動を通して、「自分」「他者」「対象」という3つについて自分とのかかわりで知り、学んだのであった。
Bインタビュー活動を通して
担任は、冬の飼育方法を調べるためにインタビュー活動を取り入れた。これは、ポニーの飼い主を初めとして、畜産経験のある家族や学校事務員などとの「人とのかかわり」を通した、問題解決のための情報収集活動である。
インタビューを実際に行うには、まず、「自分は何を聞きたいのか」をはっきりさせる必要がある。そして次に、「誰に聞けばこの疑問に的確な答えが得られるのか」を予想しなければならない。これまで自分とかかわってきたとはいえ、家族以外の大人へのインタビューは、一年生にとっては勇気の要る、かなり負担の大きい「自己表現」である。担任は、「インタビューカード」を取り入れることで子供たちの情報収集を可能にした。後には、家族に対して独力でインタビューを行うことになる子供たちは、自分の知りたいこと(=課題)を知る(=解決する)ためにインタビューという方法があることを知り、使えるようになったのである。
2 これらの学びの意味―生活科の「基礎・基本」と学習指導の工夫
ここで、生活科における「基礎・基本」を「ポニーさんといっしょ」の事例から考えてみたい。さらには、その基礎・基本が子供の身に付いたのはいかなる具体的な学習上の工夫があったのかも検証していこう。
1)「方法」面からの「基礎・基本」
(1)具体的な活動や体験を通して学ぶ
生活科においては、子供の「具体的な活動や体験」が基礎・基本の中核である。生活科は教師のねらいや思いが先にあって、それを一方的に子供に教え込んだり、押しつけたりすることでは本来の学習が成り立たない教科である。あくまで、子供が「もの・こと・ひと」に主体的にかかわって得た学びがあって初めて学習が成り立つ教科なのである。ここでの子供たちは、「ポニーの飼育」という具体的な活動や体験をすることで、「生き物の不思議さ」「世話をすればするほど愛着がわく実感」等々様々な思いや願いを持つことができた。この「思い」や「願い」のもてる活動や体験そのものが生活科においては、目標でもあり、方法でもあり、内容でもある(『小学校学習指導要領解説 生活編』24頁)。
子供が具体的な活動や体験を通して学ぶということは、子供自らが対象に主体的にかかわって何かを実感し、体得することを意味しているのである。
(2)子供の意識の流れを大切にする
冬の飼育にかかわる「ポニー会議」は、とりわけて子供たちの意識の流れに忠実な学習活動であった。すなわち、@振り返り活動、A話し合い活動、B調べ活動、C意志決定、というように活動の流れが子供の意識の流れに沿って行われた。この「自然な」意識の流れを教師が尊重したが故に、子供たちは多くを体験でき、様々な活動ができたのである。
(3)対象と直接かかわることによって学ぶ
自分から対象に働かけることによってこそ学べるのだという実感が子供自身のものとなることが重要である。当然のことであるが、ポニーに自ら触れてみなくてはそのぬくもりやにおい、さらには、いとおしさ、場合によっては「怖さ」といったものを知り、学ぶことはできない。
(4)感性や感受性に訴える体験の積み重ね
飼育活動や散歩・遊びなどを通して感じ取られた「感じ」や「思い」、あるいは活動中に起こったトラブルのために生じた悔しい思い、みんなで力を合わせて小屋がきれいになったときの喜び、これらの諸感覚に訴える感性と喜怒哀楽の感情に基づく感受性の錬磨が生活科の学びには重要である。これらの積み重ねは、子供の「個性的なものの見方や考え方」の基礎をなすものである。生活科の学習は、その子供の「らしさ」づくりの支援をしなければならない。
(5)地域は知域である
生活科では、子供が身近な存在に着目し、そこから自分の課題を発見して解決に向かうというプロセスを大切にする。子供にとって最も身近な存在、それは地域である。地域を学習の場と対象にすることによって「対象と直接かかわる」経験が可能になる。ポニーは、地域の方のご好意により借りたものである。また、「冬がとても厳しい」という「地域の特性」があったからこそ、飼育の継続についての話し合いが必要だった。さらには、地域の方々からの情報提供があって初めて「冬の飼育をめぐるポニー会議」も成立したのである。このように、地域がもたらす子供の学びへの影響は、きわめて直接的なものである。
(6)表現活動の重視
自分の見つけたものや感じたこと、考えたことを口頭で、また絵や作文、ものづくりなどによって表現することは、自分の学びを振り返る機会であるし、自分の学びを再構成する場面でもある。「ポニー会議」および「インタビュー活動」は、まさしく勇気を奮って自己表現をするまたとないチャンスであった。
(7)振り返りにビデオを利用
―ビデオ記録の活用と録画の勧め
一年生の子供にとって、半年以上も前のことを振り返るのは容易なことではない。ポニー会議を始める前の「振り返り」「思い出し」の段階でビデオテープを利用したのは効果的であった。映像に出てくるポニーや自分の姿を懐かしそうに、半ば照れくさそうに画面に見入っている姿は、視聴覚機器の活用が今の子供たちの生活感覚に合致したものであることを感じさせてくれた。
ポニー会議(最終回)の場面
このように、「記録」としての意味もさることながら、子供たちを正面(前)から撮ることで、表情の変化やその時々の様子を活動後に分析することができる。右の写真を見て欲しいが、それは子供理解の重要な手がかりとなるであろう。特に話し合い場面では、挙手の仕方や話し方から子供の「感じ方」や「思い」をよりリアルに洞察できるのではないだろうか。
2)「内容」面からの基礎・基本
『小学校学習指導要領解説 生活編』には、生活科の学習内容を構成する三つの視点が上げられている(20頁)。これらの視点をヒントとして、具体的な子供の育ちをみとる視点として、私は次の諸点を上げたい。それらは、具体的な「子供の学びの内容」と考え
ることができる。
(1)自分と人や社会とのかかわり
これは、低学年児童にふさわしい、人とのかかわりを中心とした「社会的なものの捉え」に関する内容である。子供たちは、ポニーの飼育や「ポニー会議」を通して、学校の中のいろいろな人たちの存在やその働き、公園使用のルールや話し合いのルール等、様々なものや人の存在を知り、施設やものを上手に使ったり、人とうまく話し合ったりできるようになった。
(2)自分と自然とのかかわり
これは、低学年児童にふさわしい「自然物を中心としたものについての捉え」に関する内容である。子供たちは、この半年間の活動の中で、ポニーという対象についてその性質や飼育の仕方や上手なかかわり方等様々な事柄について知り、また体得した。
(3)自分自身
これは、低学年児童にふさわしい「自分というものの捉え」を意味している。具体的には、「自分の『らしさ』『よさ』への気付き(=自分の好きなもの、得意なものが分かること)」を中心に、他者との違い、自分の成長への気付き等が含まれる。子供たちは、「ポニー会議」を通して「自分がこれまでやってきたこと」を改めて知り、「自分の感じていること・考えていること」を表現し、自分と違う感じ方や意見を持つクラスメイトがいることに気付き、「自分らしさ」を確認できたと思われる。
もう一度確認するが、これら三つの内容もまた「具体的な活動や体験」によって育まれるのである。
3 基礎・基本を確実に身に付ける学習指導の工夫の具体例
以上のように、ポニー飼育や「ポニー会議」を通して、子供たちは、生活科の「基礎・基本」を学んだと考えられる。ここでは、他の生活科実践事例における学習指導上の工夫について紹介する。
1)活動に見通しを持たせる―計画書の利用
一年生にとって、活動の見通しを付けることは教師の力も借りて「文字化あるいは絵画化」することによって可能になる。例えば、「つくってあそぼう」(大瀁小学校一年〈平成十一年度〉松矢希代教諭)では、担任が「計画書」を子供に書(描)かせて見通しを持たせていた。計画書を教師と子供たちが一緒に見ることで、子供達のおぼろげなイメージが少しずつハッキリしてきたと松矢教諭は言う。
けいかくしょの実例 実現した遊び
2)教師間の協力体制
大瀁小学校では、学年団はもちろん、全校体制で生活科や総合的な学習を実践している。もちろん、子供たちの思いや願いを実現させるための、保護者の協力体制も万全である。ポニー飼育でもそうであるが、地域を四グループに分けて探検する「おおぶけ探検レッツゴー!」(二年〈平成十一年度〉広川由紀子教諭)では、校長先生も教頭先生も協力者として探検に参加・引率していた。
3)子供たちの記録をためておく
「成長単元」の導入の仕方が難しい、という現場の声をよく耳にする。その原因は、「成長単元」という名前が示すように、長期的な展望を必要とする単元だからである。逆に言うと、成長単元は、年度の初めから始まっていると考えればよいのである。例えば、「もうすぐ二年生」(上越市立高志小学校<平成七年度>)を実践した小出佳子教諭によれば、この単元の準備は入学式から始まる。活動を始めるときに集め出すのでは遅い。「初めて書いた名前」「桜の木の下での記念写真」など、振り返りにふさわしい作品や資料をストックしていくとよい。行事や出来事は教室の壁面にカレンダーのようにまとめて掲示していくと思い出カレンダーとなり、振り返りに活用できる。成長や変化の実感を具体的なものにするための記録作りの工夫である。
4)「わからない」や不思議を残す
低学年の子供たちは、ドキドキ・わくわくしたがっている。栽培単元では、初めから何を栽培するのかが分からなくてもいい。「ぼく・わたしのあさがお」(上越市立稲田小学校一年〈平成十年度〉)で竹内暁美教諭は、最もポピュラーな教材「あさがお」の種を子供に名前を知らせずに配り(握手をした証として)、「はてな?で始まる栽培単元」を展開した。子供達は、その種を「ふしぎだね」と名付け、一人一鉢で栽培を始めた。花が咲くまでの間、子供たちはドキドキの連続であった。やがて、「ふしぎそう」と名を変えたあさがおたちは、様々な花を咲かせたのであった。
また、地域探検にしても、どこに行けば「ざりがに」を捕まえられるかは行ってみなくては分からない、でいいのであろう。「『わくわく探検隊』ざりがにはどこにいるかな?」(山形県上山市立西郷第二小学校1年〈平成十一年度〉近藤真希教諭)は、冒険心をかき立てる校区探検であった。
5)その場で子供の発言を記録
生活科においては、一人一人を確実にみとることが最重要課題である。「冬の町を紹介しよう」(上越市立大手町小学校二年〈平成十一年度〉)において、担任の炭谷希基教諭は、校内では常にノートパソコンを持ち歩いている。スイッチを入れると、画面には「エクセル表」と名付けられた児童の個人記録表が現れる。机の上にパソコンを広げ、子供たちの発言を聞き出すと即刻打ち込んでいく。以前その子供が何を言ったかや行ったかの記録もその場で子供に教えることができる。子供自身の振り返りも同時にできてしまうのである。
住谷教諭と子供たち
おわりに― 実践事例分析のひとつの試みを終えて
生活科の授業をどのように見ればいいのか、という質問をときどき受ける。私は次のように答える。「子供一人一人に着目する、着目した子供それぞれの『学び』を、教師の「ねらいと内容」とのかかわりで分析する、事後検討では具体的な『子供の姿』から教育や学習を語る、の3点です」と。私は、実践事例の分析の仕方もこうありたいと願い、学習指導の工夫の分析を試みた。
「基礎・基本」が抽象的なものではなく具体的なものである以上、具体的な子供の姿からその学び・育ちの内容や学習上の工夫を明らかにする試みを、今後も続けていかなければならないと考えている。